2008年07月26日(土)
ようこそ、笹岡 優さん [推薦メッセージ]
南国市中部地域後援会長の横田慧さん発行の「マイ・ファイル」より「ピース」(08年7月17日 第103号)を転載させてもらいました。
ようこそ、笹岡 優さん
奇しくも(少し大げさ?)今日17日、笹岡優さんが稲吉公民館に見えます。かつて山原さんと一緒に国会に送った春名さんからバトンタッチされた四国比例予定候補です。笹岡さんは1952年(昭和27年)生まれで、5人きょうだいの「おとんぼ」(末子)だそうです。私は勝手に長男とばかり思っていました。それほど「ぶんたち」だからです。「高知民報」という2000号を超す週刊の小新聞がありますが、それにただいま「多事雑感」という800字くらいのコラムを連載しています。まもなく第40回を迎えます。一昨年にもこの「高知民報」に「私の歩んだ道」という連載物を書きました。それらに赤鉛筆で線を引いて綴じたものが私の宝物になっています。
かつて土佐山田町で、保育園の民営化問題が持ち上がったとき、笹岡さんは保護者と力を合わせ2年越しの運動を実らせ民営化をくい止めました。近くは、1998年(平成10年)の豪雨のとき、雨の音に危険を感じ一人暮らしの老人の家に飛んでいって見舞い、ついに孤立した集落ができると、NTTと交渉して衛星電話を2個借りて町は大助かりしました。笹岡さんのアイデアマンぶりが語られるエピソードの一つです。四国初のマレット・ゴルフの相談が持ち上がると、さっそく長野県まで行ってきて、秋山さんという方に3反の土地を提供していただき、いまでは18ホール2コースと16ホールのマレットゴルフ場が実現しました。年間5000人が楽しんでいます。また、「地産地消」の言われはじめ、笹岡さんの熱意でスーパーの経営者が地もと野菜の専用コーナーを設けてくれ、月商1000万円、年1億円以上の商いに成長しました。
笹岡さんは足が軽く、四国各地を「ここと思えばまたまたあちら」と飛びまわっています。そして、農協の幹部の方、農家の方たち、ムダなダムに反対している村の人々、燃料高騰に困り切っているトラック業者、漁民とも懇談を重ねています。その要求をまとめては政府へ持ちこみ、一回の上京で4つも5つもの本省と交渉しています。笹岡さんの訪問先や人の一部を、私のメモから拾ってみますと、徳島・木頭村、四万十町農協組合長、大洲市肱川漁協、山鳥坂ダム反対代表楠さん、東宇和島農協畜産センター・肉用牛会長井関さん、四万十市大宮・「大宮産業」代表取締役竹葉さん、丸亀・農業を守る会、連合愛媛会長木原さん、愛媛大付属病院院長横山さん、徳島・石井町JA、徳島・板野郡JA組合長湯浅さん、郵政四国支社長小林さん、JA高知中央会山崎実樹助さん・・などなどです。正直言って「よくもまあ死なんことよ」と思います。私も若いとき30歳代の後半、年に63回も講演に出掛けて心房細動を発病しました。このとき、芸能人にマネージャーがいて本人の過労をチェックしているという話を聞き、羨ましく思ったことでした。
笹岡さんの話では、ハナミズキは、日本からアメリカに送った桜の木の見返りにアメリカが日本にくれた記念樹だそうです。アメリカと日本がそうした平和な関係に一日も早くなる日を望んでいるというのも笹岡さんらしい話です。
Posted at 11時26分 記事URL トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
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