私の歩んだ道
(13)川も政治も清流に
私の故郷である旧物部村(現香美市物部町)は、国の無計画・場当たり的な政策に翻弄されてきました。
県下で最大規模の森林を活かし、県内外への材木の搬出で栄えた時代には、材木は一級河川・物部川下流の旧土佐山田町山田堰で香長(高知)平野を潤すために分水された農業用水路「舟入川」を利用して浦戸湾(高知港)まで運ばれました。流域では鍛冶屋など地場産業や商業の町並みが繁栄しました。
しかし、戦後の高度成長政策は、急速に地域の様相を変えてしまいました。国の森林政策としてスギ、ヒノキを中心にした大規模な植林を推進する一方で外材の輸入拡大を進めた結果、今では樹齢50年以上のスギが1本数万円にもならない深刻な事態になっています。
林業は、長い年月をかけて苗木から間伐と枝打ち、下草刈など手間隙かけて育て上げる息の長い仕事です。外材に押された木材価格の低迷は、山の持ち主である「林家」の山離れを急速にすすめ、若者が地域を離れて高齢化、過疎化の深刻な要因となっています。
また、国が進めた「移住」政策も大きな影を落としています。当時の村長自らを先頭にしたブラジル、パラグアイなど南米への移住は、「カリブ海の楽園」と騙したドミニカ移住と同じで極めて無責任なものでした。私の叔父もパラグアイで失敗し苦労して帰国。いとこは帰国途中で若くして亡くなりました。
小泉政権・自民党のむきだしの「弱肉強食」のグローバル化は、故郷の培ってきた文化や伝統を急速に失わせ、豊かな自然を崩壊させています。
悪ガキだった私を育ててくれた母なる物部川は、山と流域の荒廃により昨年から濁りが消えません。太陽の光がとどかない川底にはヘドロが堆積し、アユや川エビなどの淡水生物は絶滅の危機に瀕しています。人間社会の傲慢なやり方に、山が怒り、自然と生態系が狂いだしているのです。
そして住民合意の無い中で、三町村の合併が強行され、故郷には新たな切捨ての嵐が押し寄せています。
社会が発展するというのは自然を破壊し、山を崩壊させ、川から生きものを奪うことでしょうか。物部川の濁水が自民党政治の本質を告発しています。清流をとり戻すとりくみの前進が、政治の再生に結びつくと感じます。
(高知民報06年7月02日付への寄稿です)
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