私の歩んだ道
(5)スポーツ大好き 子育て
私とスポーツとは深い縁があります。セイレイ工業に勤務していた当時は冬の出張を利用して琵琶湖バレイスキー場(滋賀県)によく行きました。
ヤンマー本社は大阪梅田にあります。駅のロッカーに荷物を預けいざスキー場へ。ゴンドラに背広姿で乗り込むと雰囲気から浮いてしまって周囲の視線が気になりました。
本格的にスキーに取り組みだしたのは「赤旗スキーツアー」に参加して、土佐山田町にスキークラブをたち上げてからでした。
マレットゴルフ(ゲートボールのような道具で行うミニゴルフ)を四国で初めて土佐山田町に取り入れました。とにかく「おもしろい」と思ったらすぐに行動しないと気がすまない性分で、自費で先進地の長野県駒ヶ根市を調査。町からの補助金と数10人の関係者のボランティアで休耕田をいかしてコースをつくりました。
「すぐ行動」といえば地元の農産物を地元で食する「地産地消」を土佐山田町でも実現したいと県や町の関係者と協議してきましたが、具体化できなかったことから地元のスーパーマーケット経営者に相談して1年間の準備の末に、昨年7月販売組織を設立。年間1億円の売り上げになる見通しです。
保育運動と私は切っても切れない関係にあります。25歳で結婚し、27歳の時に長男が生まれてから長くかかわることに。
結婚当時は南国市内のアパートで暮らしていました。当時友人の取り組みを応援する形で、後免駅の北の民家を改装して共同保育所「コスモス」をたち上げました。妻の友人の美術の先生が大きな看板を作ってくれました。
その後、妻が教員に採用され、嶺北地域の学校に赴任したため一家で本山町の教職員住宅に移り住みました。
長男は赴任先の先輩先生の奥さんにお世話になり育てられ、私は毎日車で片道1時間以上の距離を走って、協和農機(現セイレイ工業)に通いました。
(高知民報06年4月30日付への寄稿です)
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