戦争の記憶

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4日の土佐山田のつどいでは戦争体験が語られました。「兄を戦争で亡くした。帰ってきたのは紙切れ一枚」、「叔母の夫が戦死、戦争犠牲者の惨めな思いを間近で感じてきました。戦争だけは絶対にいけない」。涙なしには聞けません。

実は私の父も戦争を体験しています。「満州に出兵、フィリピンへ移動時、自分の船だけ魚雷を受けずに無事。ルソン島はすでに連合軍の支配下、蛇やカエルを食べて飢えをしのぎ、たまたま捕虜になったので生きて帰還した」。多くを語らなかった父ですが、戦争の忌まわしい記憶だけは脳裏に焼き付いて離れなかったようです。

悪夢の体験を二度とさせてはならない、いさかいがあってもけっして戦争という手段はとらない。ここに戦後日本の歩んできた道があります。この道だけは踏み外してはならない、日本中でこの思いが爆発しています。  

松山の伊方原発再稼働反対集会へ(7日)。四国はもとより大分からも参加。2500人の大集会となりました。福島から愛媛に移住した被災者の発言は胸をえぐりました。 みなさんは私たちのようになってはいけない。4年間苦しみ、これからも苦しむ、そんな思いを二度としてはならない」。

佐田岬の付け根に位置する伊方原発、その西に暮す5000人には逃げ場がありません。

基準地震動を引き上げても、南海トラフ地震に本当に耐えられるのでしょうか。敷地内には汚染水を保管する場所もありません。火山噴火が相次ぐ日本列島に再稼働してよい原発はどこにもありません。「再稼働反対」、「原発いらない」のコールに魂を込めました。  

中国、四国をやっと一巡。九州が外れましたが、それでも広い。どこでも地域に根を張り、平和、くらしの守り手としてたたかう仲間の姿があります。ここに力の源があると実感する毎日です。

〈高知民報 2015年6月14日付より〉

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