21 議席奪還をめざして―落選後の活動と決意

21.DSC_2558 2003年11月の総選挙で3選をめざしましたが落選。現在、捲土重来を期し、議席奪還をめざすたたかいを続けています。
 「年金は目減り、保険料は上がり、税金はふえる。死ねというのか」「肉親が戦争でなくなった。平和はなにものにもかえられない。9条をかえるなんてとんでもない」、「政治のていたらくはなんともならん。国民のために働かない国会議員はやめてほしい」――。対話や小集会、要求闘争などを通じて聞いてきた県民の生の声。生活の実態をじかに感じ「政治を変えなければ」との思いを募らせる毎日です。 
 そして自民党・公明党の政治と政権交代をいう民主党の政策が、国民の思いといかにかけ離れているかを激怒する毎日でもあります。
 私は、党の国会議席が減っても、国民の苦難は変わらない。その苦しみを軽減するためにがんばろう」と決意。現職の時と変わらぬ思いで全力をつくしています。
 昨年の台風・豪雨災害では被災地にいちはやく駆けつけ、被災者を激励、実態を詳しく調査し、要望を聞き、仁比そうへい参議院議員とともに4回の政府交渉をおこない被災者に喜ばれる成果をあげることができました。「あなたのような人が国会議員でいてほしい」と言われた時、この人たちのためにも何としてもはいあがらなければと身のひきしまる思いをしました。
 今、命にかかわる重大な社会問題となっているアスベスト問題で、労働者からお話を聞き、県庁や労働局に申し入れをして、万全の対策を求めて力をつくしています。
 昨年(2004年)3月8日、山原健二郎さんが83歳の生涯をとじました。四国のみなさんと高知県民に愛され、30年にわたってたたかいつづけてきたその遺志を、今どうしても引き継がなくてはなりません。
 四国比例は定数わずかに6.全国一厳しいブロックです。それだけにここでの勝利は、全国の躍進の象徴となるでしょう。
 高知1区は小選挙区の風穴をあけた全国2つの選挙区のうちのひとつ。いつまでも自民党に明け渡しておくことはできません。浦田宣昭さん、梶原守光さんのたたかいを引き継ぎ、困難な扉をこじ開け、山原さんの墓前に報告したい。
 2期7年の国会活動、政策、実績、そして私という人間そのものを丸ごと知っていただき、審判を仰ぎます。愚直にたたかいぬくことをお約束し、連載を閉じることにします。

 写真―徳島での豪雨被害調査

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