19 大企業の社会的責任を問う

19.02.10.28JT交渉 徳島県池田町(現・三好市)の四国JTS電装が突如工場閉鎖を発表したのが2002年7月です。
 黒字にもかかわらず、会社の都合で専売公社以来連綿と続き、行政も住民も多大な協力をしてきた同工場を一方的に閉鎖することは許されないと、労働者、住民、行政が一体になったたたかいがはじまりました。
 私は池田幹幸参議院議員(当時)と、さっそく親会社のJTと住友電装に赴き「一方的な閉鎖は許されない。社会的責任を果たすべき」と強く申し入れました。
 また、池田議員はただちに金融財政委員会でJTを所管している財務省の副大臣に質問、「事情はわかるのでなんらかの話をしたい」との答弁を引き出しました。
 2003年1月には、厚生労働省へ労働者の雇用確保での問題で申し入れもおこないました。
 2003年3月末、工場閉鎖は強行されましたが、たたかいが大きく実り、「四国加工」が誘致され、希望する四国JTS電装の労働者は優先的に採用されることになりました。
 退職金も大幅に引き上げられ、JMIU(全日本金属情報機器労働組合)の労働者に対する差別的扱いも是正され勝利和解をかちとることができました。
 四国8カ所に工場を持ち、まさに四国の土着企業ともいえる松下寿電子工業。親会社の松下電器が100%出資の子会社です。
 この間、須崎、坂出、豊中工場が次々閉鎖、続いて一本松工場閉鎖、大洲工場の縮小と一方的で身勝手な縮小、撤退が地域住民の大きな怒りと不安を大きくしています。
 2002年1月、高松の本社に、工場が閉鎖される自治体の議員とともに乗り込み、工場閉鎖の見直しを強く要請、地元の住民と労働者の生の声をふまえた要請団の迫力ある追及に会社側はほとんどものもいえませんでした。
 私は、須崎工場の閉鎖問題を2002年2月の予算委員会でとりあげました。「大企業が社会的責任を自覚し、退職者の再雇用などできることはやるべきだ」との平沼経産大臣(当時)の重要な答弁を引き出しました。
 このたたかいが実り、須崎工場跡には別の会社を誘致させ、地元雇用も増えるという大きな成果をかちとることができました。

 写真―JTと交渉(2002年10月28日)

※コメントは、スパム対策のため、一度内容を確認したうえで公開させていただいています。公開まで時間がかかるときもありますが、ご了承ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA