娘もやっと就職が決まり、細くなった「スネ」をこれ以上かじられないように願っています。妻も新しい学校に赴任し、2009年度わが家にとっても節目、新たな気持ちでダッシュ(議席を奪取)する決意です。
3月28日、高知・土佐高校サッカー落雷訴訟で、落雷事故に遭われた原告の北村光寿さん側が「完全勝利」し、その勝利判決と北村光寿さんの門出を祝う「つどい」に出席。
事故は1996年に、当時土佐高校の一年生(16歳)だった北村光寿さんが大阪府高槻市で開かれたサッカー公式試合中に落雷を受け、一命はとり止めたものの「両目失明、言語障害、手足が不自由」になるなど重度の障害を負い、車イスの生活を余儀なくされました。
「安全配慮義務違反」で学校、大会関係者を提訴。事故から12年の歳月が流れ、2008年9月17日「主催者は高槻市体育会」「土佐高校と引率教諭の注意義務違反」「体育協会も同等の注意義務違反」という画期的な判決が下り、「学校災害」の再発防止への大きな前進です。
学校災害の取り組みでは、以前山原健二郎衆院議員(当時)が、私が住んでいる旧土佐山田町の植村ただしさんが、柔道の試合中、事故で重い障害を負ったときに、大奮闘して救済策を確立させたことを思い出します。
北村光寿さんは、この春から高知短大に入学し、新たな人生の目標を決めてスタートしました。「北村光寿さん、おめでとう」。
このたたかいに心血を注いでこられたご両親(お父さんは、闘い半ばで逝去)、ご兄弟、そして多くの仲間の方々とともに喜び合いたいと思います。
そして「ありがとう」と言いたい。この闘いは人の命の大切さ、生きることの意味、希望をもち続け、どんな時でも前に向かって進むことの大切さを私に教えてくれたから。
北村光寿さんの笑顔に励まされ、09年度を、明るい未来につながる年とするためにがんばります。
(高知民報09年04月12日付への寄稿です)









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