劇的な情勢を傍観するのではなく、自らも働きかけて加速させるために何をすべきかと自問自答しながらの毎日です。
候補者としての元気な姿とズバリ党の綱領を多くの人々に躍動感をもって理解してもらうために、街頭宣伝、大中小の「党綱領を語る集い」、保守・無党派の人たちとの共同を広げる対話・訪問・懇談、差し迫った熱い要求実現、党勢拡大などに四苦八苦しています。
先日、幕末に海援隊長を務めた坂本龍馬とともに陸援隊長として倒幕に奔走し、時代を駆け抜けた中岡慎太郎の生誕地・高知県北川村で「党を語る集い」が行われました。
中岡慎太郎の生家や彼が幼少のころに高さ10mほどの大岩から飛び込んで遊んでいたという逸話がある奈半利川の清流と大岩を見ることができました。
奈半利町から北川村を通り東洋町野根までの道は、江戸時代から「野根山街道」といわれ、幕府への参勤交代の道で、地形も険しい峠越えです。百数十年前のロマンがよみがえってきます。
北川村は、自然と歴史がいっぱいの村。「中岡新太郎館」や印象派の画家クロード・モネが多くの代表作を生んだフランスの自宅の庭をモデルにしてつくった「モネの庭」などがあり、ユズづくりの発祥の地という誇り高い村です。
この村にも1987年から91年まで共産党の議席があったのですが、ここ17年ほど空白です。「綱領を語る集い」は初めての開催です。民家を借りてのざっくばらんな雰囲気の政治談議が熱をおびました。今後大きな力になる「集い」になりました。
集いを終えて夜8時すぎ、奈半利駅から土佐くろしお鉄道とJRを乗り継いで4時間、中村駅に到着。翌早朝、宿毛市に移動して「米海軍イージス艦寄港に反対する集会」に出ました。
目まぐるしい変化にあわせて、フットワークをもっと軽くしなければ。
(赤旗2008年5月23日付「こんにちは笹岡優です」への寄稿です)










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